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現代の銀行制度が「無から有を生み出す」信用創造メカニズムに依存している現実を考察する前に、まず一神教における利子観の原点を理解する必要がある。ユダヤ教は、キリスト教とイスラム教の利子禁止思想の源流となった宗教であるが、その利子観は他の二つの宗教とは異なる独特の特徴を持っている。
旧約聖書の申命記23章19-20節には、「あなたの同胞には利息を付けて貸してはならない。金銭の利息も、食物の利息も、その他利息を付けて貸すことができるすべてのものの利息も。外国人には利息を付けて貸してもよいが、あなたの同胞には利息を付けて貸してはならない」と明記されている。この記述は、ユダヤ教の利子観の根本的特徴を示している。すなわち、同胞(ユダヤ人)に対する利子の禁止と、異邦人(非ユダヤ人)に対する利子の許可という二重構造である。
この二重構造は、ユダヤ教の選民思想と密接に関連している。ユダヤ人は神に選ばれた民として、相互扶助の義務を負う一方で、異邦人に対してはそうした義務は適用されないという考え方である。タルムードにおいても、この原則は「ネシェク」(文字通り「噛む」を意味し、利子による搾取を表す)と「リビット」(増加を意味する)という二つの概念で詳細に議論されている。
中世ヨーロッパにおいて、この教義は歴史的に重要な意味を持った。キリスト教が同胞間の利子を全面的に禁止したのに対し、ユダヤ人は異邦人であるキリスト教徒に対して利子を徴収することが宗教的に許可されていた。同時に、ユダヤ人は土地所有や多くの職業から排除されていたため、金融業が生計を立てる数少ない手段となった。この歴史的経緯が、後に「ユダヤ人=金融業」というステレオタイプの形成につながったのである。
しかし、ユダヤ教の利子観で注目すべきは、同胞間においては徹底した無利子原則が貫かれていたことである。ユダヤ人同士の経済関係は、利子による搾取ではなく、相互扶助と共同体の維持を基盤としていた。これは、イスラム金融の思想的背景と通底するものがある。
現代の銀行制度が「無から有を生み出す」信用創造メカニズムに依存している中で、この仕組みに対する根本的な疑問を投げかけ、実際に信用創造を行わない金融システムを構築している事例が存在する。イスラム金融は、宗教的教義(シャリーア)に基づいて利子(リバー)を禁止し、実物資産の裏付けを重視する金融システムである。
イスラム金融の思想は、ユダヤ教の同胞間無利子原則を継承しながら、それを全人類に適用するという普遍主義的な発展を遂げたものと理解できる。この思想的背景を踏まえて、信用創造に依存しない金融システムの可能性と課題を明らかにしたい。
イスラム金融の基盤となるのは、コーランとハディース(預言者ムハンマドの言行録)に基づくイスラム法(シャリーア)である。この法体系は、単なる宗教的規範を超えて、経済活動全般に対する包括的な指針を提供している。シャリーアの金融原則は、相互に関連する三つの禁止事項によって構成されており、これらが組み合わさることで、現代の信用創造型銀行業務とは根本的に異なる金融システムを形成している。
第一の原則であるリバー(利子)の禁止は、イスラム金融の最も基本的な柱である。コーランは「アッラーは売買を許し、利子を禁じ給う」(2:275)と明記しているが、この禁止の根拠は単純な道徳的判断を超えた経済哲学にある。イスラム法学者の解釈によれば、利子は「時間の経過のみによって金銭が増殖する」ことを意味し、これは労働や事業活動を伴わない不労所得の取得として倫理的に問題視される。なぜなら、時間は神が全人類に平等に与えたものであり、個人がその対価を独占的に徴収することは不公正だからである。
この利子禁止は、現代の経済学用語で言えば「時間価値の否定」を意味する。通常の金融理論では、「今日の1ドルは明日の1ドルよりも価値が高い」という時間価値の概念が前提とされているが、イスラム金融ではこの前提そのものを拒否している。代わりに、金銭の増加は常に実物経済における価値創造活動と結びついていなければならないとされる。
第二の原則であるガラル(過度の不確実性)の禁止は、利子禁止と密接に関連している。この原則は、投機的取引や情報の非対称性を利用した取引を排除するものであり、現代的な表現で言えば、透明性と公正性を重視する原則である。具体的には、金融商品の内容、リスク、期待収益が明確でない取引は認められない。この規定により、複雑な金融派生商品や、内容が不透明な投資商品の多くがイスラム金融では利用できないことになる。
第三の原則であるマイシール(賭博)の禁止は、純粋な偶然に依存する取引を排除する。これは投機とリスクヘッジの区別を重視し、実体経済に貢献しない金融取引を制限する機能を持つ。例えば、実物資産の裏付けのない通貨投機や、経済的合理性のない金融商品への投資は、この原則により禁止される。
これら三つの原則が相互に作用することで、イスラム金融は必然的に実物経済との密接な結合を要求される構造となっている。利子が禁止されているため、金融機関は時間の経過による自動的な収益を期待できない。ガラルの禁止により、不透明な金融商品による収益も追求できない。マイシールの禁止により、投機的な収益も排除される。結果として、イスラム金融機関は実物資産の取引、事業への参加、サービスの提供といった、実体経済に直接貢献する活動からのみ収益を得ることができるのである。
前述の三原則から導き出される最も重要な帰結が、実物経済との結合原理である。イスラム金融が信用創造を行わない根本的理由は、すべての金融取引が実物資産(tangible assets)の裏付けを必要とするからである。この原則は、金融が実体経済から乖離して独立した利益追求を行うことを防ぐ機能を果たしているが、その背景には深い経済哲学がある。
イスラム経済学の観点では、金融は実体経済に奉仕するための手段であり、それ自体が目的となってはならない。この考え方は、現代の金融資本主義が陥っている「金融の自己目的化」に対する根本的な批判でもある。実際、2008年のリーマンショックに代表される金融危機の多くは、実体経済から乖離した金融活動が原因となっている。イスラム金融の実物結合原理は、こうした危機を構造的に防ぐ仕組みとして機能している。
具体的な運営において、イスラム金融機関は顧客への資金提供を行う際、必ず具体的な商品やサービスの売買、賃貸、事業投資のいずれかの形態を取らなければならない。銀行が単純に「お金を貸してお金を返してもらう」ことは認められない。代わりに、銀行は商品の売買業者、不動産の賃貸業者、事業のパートナーとしての役割を果たす必要がある。
例えば、顧客が住宅購入資金を必要としている場合、従来の銀行であれば住宅ローンという形で金銭を貸し付け、利子を付けて返済を求める。しかし、イスラム金融機関の場合、まず銀行自身が当該住宅を購入し、その後で顧客に販売する(ムラバハ)か、または顧客に賃貸してから最終的に所有権を移転する(イジャーラ・ワ・イクティナー)という手続きを踏む。この過程で、銀行は住宅という実物資産を実際に所有し、その売買や賃貸から利益を得るのである。
この制約により、イスラム金融機関は従来の銀行のような信用創造を行うことができない。なぜなら、新たな預金通貨を創造するためには、それに対応する実物資産を実際に購入・保有する必要があるからである。従来の銀行が「借用証書と引き換えに預金通貨を創造する」のに対し、イスラム金融機関は「実物資産を購入してから顧客に販売・賃貸する」という手続きを踏まなければならない。結果として、イスラム金融機関の資産規模は、実際に保有する資本と預金の合計を超えることができないのである。
この仕組みは、金融機関の急速な拡大を制限する一方で、金融システム全体の安定性を高める効果を持つ。実物資産の裏付けがあるため、資産価値の急激な変動リスクが軽減され、金融バブルの形成が困難になる。また、金融機関が実際に事業活動に参加するため、実体経済の動向を敏感に反映した経営判断が求められることになる。
前節で述べた実物経済との結合原理は、イスラム金融の具体的な取引形態において実現される。これらの取引形態は、いずれも従来の金融取引を実物資産の取引に置き換えることで、利子の禁止と実体経済への貢献を両立させている。以下、主要な取引形態を通じて、この仕組みがどのように機能するかを詳しく検討してみよう。
ムラバハ(Murabaha)は、イスラム金融で最も広く利用されている取引形態であり、「コストプラス利益」方式とも呼ばれる。この仕組みの本質は、金融機関を単なる資金の仲介者ではなく、実際の商業活動の当事者に変えることにある。従来の融資が「金銭の貸借」であるのに対し、ムラバハは「商品の売買」なのである。
具体的な取引プロセスを住宅購入の例で説明しよう。顧客が1000万円の住宅購入を希望し、イスラム金融機関に資金提供を求めたとする。従来の銀行であれば、1000万円を貸し付け、年利3%で25年間の返済を求めるだろう。しかし、ムラバハの場合は全く異なるプロセスを辿る。
まず、顧客が特定の住宅の購入を希望し、銀行に申し込む。銀行は顧客の信用力と住宅の価値を審査した上で、当該住宅を売主から1000万円で購入する。この時点で、銀行は住宅の完全な所有権を取得し、同時に住宅の品質や法的瑕疵に関するリスクも負担する。次に、銀行は顧客に対して、原価1000万円に適正な利益200万円を上乗せした1200万円で住宅を販売する。顧客は一括払いまたは分割払いで代金を支払う。
この仕組みの革新的な点は、銀行の収益構造にある。従来の住宅ローンでは、銀行の収益は「時間の対価」としての利子であった。しかし、ムラバハでは、銀行の収益は「商業活動の対価」としての売買利益である。銀行は住宅を購入し、顧客のニーズに応じて販売するという商業活動を行い、その対価として利益を得ているのである。
さらに重要なのは、リスク分担の構造である。従来の住宅ローンでは、住宅の価値下落リスクは借り手が負担していた。しかし、ムラバハでは、銀行が住宅を所有している期間中(通常は数日から数週間)、価格変動リスクや品質リスクを銀行が負担する。これにより、金融機関も実体経済のリスクを共有することになり、より慎重な投資判断が促される。
この仕組みにより、ムラバハは信用創造を行わない金融取引を実現している。銀行は住宅を購入するために実際の資金(自己資本または預金)を使用し、その後で顧客に販売する。新たな預金通貨の創造は発生せず、既存の資金の移転のみが行われる。
ムダーラバ(Mudaraba)は、資金提供者(ラッブ・アル・マール)と事業運営者(ムダーリブ)の間で締結される利益分配契約である。この契約では、資金提供者が事業資金を提供し、事業運営者が労働と経営技能を提供する。利益が生じた場合は事前の合意に基づいて分配され、損失が生じた場合は資金提供者が負担する(ただし、事業運営者の重大な過失がある場合を除く)。
この仕組みは、現代の投資ファンドやベンチャーキャピタルに類似しているが、重要な違いは利益分配率が事前に固定されることである。例えば、「利益の60%を資金提供者、40%を事業運営者に分配する」といった具合である。これにより、両当事者が事業の成功に対して共通の利害を持つことになる。
ムダーラバの特徴は、資金提供者が単なる債権者ではなく、事業のパートナーとして位置づけられることである。これは、金融機関が実体経済の成果に直接依存することを意味し、投機的な金融取引を制限する効果を持つ。
ムシャーラカ(Musharaka)は、複数の当事者が資金を出資して共同事業を行う契約である。すべての参加者が出資者であると同時に事業の共同経営者となり、利益と損失を出資比率に応じて分担する。
この契約形態は、現代のコーポレート・ファイナンスにおける株式投資に類似しているが、重要な違いは参加者全員が事業の経営に関与することである。単純な投資収益の追求ではなく、実際の事業活動を通じた価値創造が重視される。
イジャーラ(Ijara)は、資産の賃貸契約であり、現代のリース取引に相当する。銀行が顧客の希望する資産(不動産、設備、車両など)を購入し、一定期間にわたって顧客に賃貸する。賃貸期間終了後、資産の所有権を顧客に移転する場合(イジャーラ・ワ・イクティナー)と、銀行が継続保有する場合がある。
この仕組みでも、銀行は実際に資産を所有し、その賃貸から収益を得る。収益は「資産の利用対価」として正当化され、時間の経過による金銭の増殖ではない。
サラーム(Salam)は、代金を先払いし、将来の一定期日に標準化された商品(農産物など)を受け取る契約である。価格・数量・品質・引渡時期を特定し、過度の不確実性(ガラル)を排除する。生産者にとっては前払資金の調達手段、金融機関にとっては現物取得後の販売で収益化する仕組みとなる。
イスティスナ(Istisna)は、将来製作・建設される資産(住宅、設備、インフラ等)について、仕様・価格・納期を定めて発注する契約である。建設中の資金手当には並行して段階払い(progress payments)を用いる。完成後に第三者へ売却する、またはイジャーラで賃貸するなどの出口設計と組み合わせられる。
スークーク(Sukuk)は、資産(既存/将来)の持分や使用権から生じる収益を配分する証券であり、クーポンは利子ではなく賃料・事業利益等に紐づく。実務上は「資産担保(asset-backed)」と「資産裏付(asset-based)」が区別され、後者では信用の帰属が発行体に残るため、構造の実質が問題となる。2008年、AAOIFIの見解は、多くのスークークが実質面での是正を要すると指摘した(所有権の実効性、損益分担の貫徹など)。
流動性供給や個人向け資金需要に対して、商品を即時売買して現金化するタワッルク(商品ムラバハ)や、買戻条件付の売買(ベイ・アルイナー)が用いられることがある。しかし、形式のみで実質が貨貸取引に近似する場合は、リバー回避の迂回と批判される。各国シャリーア基準(湾岸・マレーシア等)で許容範囲が異なる。
タカフルは、参加者相互の拠出金で損失を補填する相互扶助の保険制度で、モシュラファ(管理手数料)やワカラ(代理)契約を通じて運営される。預り金と運用資産は分別管理され、余剰があれば参加者へ還元される。信用創造なき金融生態系のリスクプールとして不可欠である。
イスラム金融機関は、社内のシャリーア監査、外部のシャリーア監査、シャリーア監督委員会(SSB)による承認を要する。国際標準としては、AAOIFI(会計・シャリーア・監査基準)とIFSB(プリューデンシャル基準)が普及しており、商品設計・会計処理・資本規制・流動性規制の枠組みを提供する。
利子を用いない短期運用のため、各国中銀はイスラム版の流動性調整手段(例:イジャーラ/ムラバハ型の中銀証券、政府系スークーク、コモディティ・ムラバハを用いたインターバンク市場)を整備している。マレーシア、バーレーン等では、イスラム間市場(IIMM)やシャリーア準拠のレポ同等取引が実装され、日次の資金繰りとバッファの確保を支えている。
信用創造を行わない金融システムは、金融危機の予防と経済の安定化において重要な意義を持つ。2008年のリーマンショックや、それ以降の金融危機の多くは、過度な信用創造と投機的な金融取引が原因となっている。
イスラム金融機関は、2008年の金融危機において相対的に軽微な損失にとどまった。これは、実物資産の裏付けを重視し、複雑な金融派生商品への投資を制限していたためである。また、利子収入に依存しない収益構造により、金利変動の影響を受けにくいという特徴もある。
利子制度は、資本を持つ者と持たない者の間の格差を拡大する構造的な要因とされる。資本家は労働せずに利子収入を得ることができる一方、借り手は元本に加えて利子も返済しなければならない。この非対称性は、長期的には富の集中をもたらす。
イスラム金融の利益分配方式は、資金提供者と事業運営者が共にリスクを負担し、成果を分配する仕組みである。これにより、「汗水流さない収入」を排除し、より公平な所得分配を実現する可能性がある。
利子制度は、借り手に継続的な成長圧力をかけることで、環境負荷の増大をもたらすという批判がある。利子の支払いのためには経済活動を拡大し続ける必要があり、これが資源の過度な消費と環境破壊につながるとされる。
イスラム金融では、実物経済との結合により、金融活動が実際の価値創造を伴う必要がある。これは、純粋に金融的な利益追求を制限し、持続可能な経済発展を促進する効果がある。
制度的な課題:信用創造を行わない金融システムの普及には、既存の金融制度との調整が必要である。現在の銀行規制、会計基準、税制は、いずれも信用創造を前提として設計されている。これらの制度的枠組みの変更には、相当な政治的意志と社会的合意が必要である。
経済的な課題:信用創造を行わない金融システムは、経済成長の資金需要を満たすことができるかという根本的な問題がある。現代経済の成長は、相当程度信用創造による流動性供給に依存している。この代替手段として、政府による直接的な貨幣発行(ヘリコプターマネー)や、中央銀行デジタル通貨(CBDC)などが検討されているが、いずれも実験段階である。
文化的な課題:利子を当然視する現代の経済文化の中で、無利子金融の概念を普及させることは容易ではない。特に、個人の投資行動や企業の資金調達行動を根本的に変える必要がある。
技術的な課題:イスラム金融では、すべての取引がシャリーア適合性を満たす必要があり、これには専門的な知識と継続的な監査が必要である。
デジタル技術の発達は、信用創造を行わない金融システムの普及において新たな可能性を開いている。ブロックチェーン技術による透明性の確保、人工知能による信用評価の精度向上、モバイル決済による利便性の向上などが、これらの金融システムの実用性を高めている。
イスラム金融では、「イスラミック・フィンテック」として、シャリーア適合性を自動的に判定するシステムや、リアルタイムでの取引監査システムなどが開発されている。これにより、従来は人的コストが高かったシャリーア適合性の確保が、より効率的に行えるようになっている。
多くの国で検討されている中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、信用創造を行わない金融システムとの親和性が高い。CBDCは中央銀行が直接発行する法定通貨であり、民間銀行による信用創造を経由しない。これは、イスラム金融の思想と方向性を共有している。
CBDCの導入により、個人や企業が中央銀行に直接口座を開設し、民間銀行を介さずに決済や貯蓄を行うことが可能になる。この場合、民間銀行の役割は信用創造から、資金仲介と金融サービスの提供に限定される可能性がある。
気候変動や格差拡大などの現代的課題に対して、従来の金融システムの限界が指摘される中で、代替的な金融システムへの関心が高まっている。イスラム金融のような事例は、これらの課題に対する実践的な解決策を提供している。
今後は、これらの代替的金融システムと従来の金融システムの間で、「制度競争」が展開される可能性がある。どちらがより効率的で持続可能な経済発展を実現できるかが、実証的に検証されることになるであろう。
イスラム金融の事例は、信用創造に依存しない金融システムが単なる理論的可能性ではなく、実際に機能し、持続可能な制度として存在することを実証している。宗教的権威に基づく規範でありながら、実物経済との結合、利子の排除、リスクの分担という特徴により、現代の信用創造型金融システムに対する代替案を提示している。
イスラム金融が実現している核心的な転換は、金融機関の役割の根本的な再定義である。従来の銀行が「無から有を生み出す」信用創造者であったのに対し、イスラム金融機関は「実体経済の参加者」となっている。商品の売買業者、不動産の賃貸業者、事業のパートナーとして実体経済に直接参加し、実体経済から乖離した独立した利益追求を行うことができない構造になっている。
この仕組みが提供する教訓は、現代の金融制度改革において重要な示唆を与える。金融の目的と手段の関係の再定義、経済主体間の関係性の革新、収益モデルの多様化といった要素は、より公正で持続可能な経済システムの構築に向けた具体的な道筋を示している。
デジタル技術の発達は、この制度競争においてイスラム金融に有利に働く可能性がある。「イスラミック・フィンテック」として、新たな金融サービスの形態が生まれつつある。イスラム金融の経験は、「もう一つの金融」が単なる理想論ではなく、現実的な選択肢であることを証明している。
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